【人生が変わった体験談】卒業後の進路に悩む大学生が海外一人旅の後に休学届を出した話

旅(国内&海外)
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これは、2015年9月、当時大学生のべるが書いた過去のブログ記事。

読みやすいようにリライトはしてるものの、内容は変えないようにしてるよヽ(`▽´)/

進路に悩む学生たち、社会人でも、このままで良いのかと迷っている貴方に、

少しでも何かきっかけを与えられたら良いな^^

大学入学して絶望していたべる

偏差値40のF欄付属高校から、過眠症とストレスに戦い続け、なんとか難関校に入学したべる。

でも入学してみたら、

なんだこの大学生活は・・・

何も得られるものは無かった。

もちろん、みんなが知ってる有名校だけど、

社会人になった今でも、大学で何を勉強してきたか何も言えないし、

友達とも疎遠。

入学したての私は特に絶望していて、

ずっと憧れていた留学をした。

春休みを使って、1ヶ月間だけ、フィリピンへ。

フィリピン留学を終えた後に、飛行機が安くてお得だからという理由で、

マレーシアに1人で旅立った。

2015年9月14日のブログ

マレーシア人との出会いで受けた衝撃

マレーシア・ペナン島に行く時。

ホテルまでの道に迷っていたべるを助けてくれたマレー人の女の子二人組。

その彼女たちの言葉が衝撃的だった。

一緒に船に乗っている時に、彼女がバッグのポケットをごそごそしていた。

そこから出てきたのは、100リンギット(3000円くらい)。

マレーシアの物価からしたら、多分大金。

もう一つ、他の場所から取り出したお財布。

「こっちの財布はおとり。もし襲われた時はこの財布を差し出すの。

大金(100リンギット)は違うところに隠しておくのよ。」

現地の人でも、襲われた時を想定しておとり財布を持っているなんて・・・!

そんなもの考えたことも無かった(ToT)

なんて平和ボケしている日本人のべる。


治安の良すぎる日本がすごく好き。

だけど、日本しか知らない自分がすごく恥ずかしい。

だからこの旅でも色々なトラブルに合う。

平和ボケと言えば、フィリピンでボランティアをした事を思い出した。

回想:フィリピンでのボランティア

小さい頃から母親に

「世界にはご飯も食べれなくて、学校に通えない子がたくさんいるのよ。」

と言われていた。

小学生べる「本当にそんなのあるの?まるで宇宙の話〜

学校に通わなくて良いなんていいな!

学校つまらないから行きたくないよ!」

しかし、フィリピンでのボランティアをきっかけに、母の言葉を実感した。

そこには、本当に学校に通えない子供達がいて、

ストリートチルドレンがいて、

ゴミ山に大勢の子供とその家族が住んでいた・・・。

どうして私はこんな贅沢をしているの?

普通に生きているだけだと思ったけど、

それがこの子達にとってどんなに贅沢な生活なことか。

どうしてあなたたちはここにいるの。

私は子供達を日本に連れて帰りたくなった。

だけど、私は貧困に悩む子供たちに募金もしないし、

またフィリピンへボランティアに行こうとも思わない。

そんな子供達を救うための仕事をしようとも思わない。

稼いだお金は募金せず、綺麗な洋服を買って、残りは旅資金への貯金になる。

なんて冷血な人間なんだろう。

私は自分も人間もよく分からなくなった。

考えれば考えるほど謎は深まるばかり。

しかしそんな悩みも帰国して一週間もすれば消えていった。

マレーシアでも再び、自分のことがよく分からなくなる

マレーシア・ペナン島の船からの夜景

マレー人の言葉をきっかけに、私は再び考える。

どうして日本はこんなに平和なのか。

海外はこんなに治安が悪いっていうのに、

私はこんなに平和に暮らしていて良いのだろうか・・・

自分が何を考えようとしているのかも分からない。

とにかく、もうよく分からない。

私は地球に住んでいるのに地球を全く知らない。

すっごく小さな島国でその島国でしか通じない言葉だけを話す。

そこでしか通じない文化を持っており、

それが全世界共通だと思っていないけど実際思っているんだ。

地球に住んでいても、地球の人とコミュニケーションが取れない。

なんてつまらない人生を歩もうとしているの!?

なぜ私は日本語でしか会話ができず、

外国人たちは遠い国の外国人たちと会話ができるの?

どうして私は日本人・・・。

卒業後の進路が決まらない大学生

まるで牢獄にいるかのような受験時代

孤独とストレスに耐え続け突破し、

牢獄から出た先にあったのはつまらない大学生活。

一日10時間毎日勉強しても行きたい大学には入れず。

大学卒業後は?

私は一体、何になるのかな

もう、つまらない人生しか待っていないのではないか。

帰国したら私は就活を始めなければいけない

時間はあっという間に過ぎていく。

まだ自分が何をやりたいかなんて分からない。

私は大好きな演劇を捨てて大学受験を選んでしまった。

その後何度も演劇をやろうとしたけど、今私は旅を選んでいる。

去年も昔の仲間を集めて演劇をやろうと思ったが、失敗に終わった。

だから、今私には何も無い。

つまらない人生を歩むつまらない人間。

母は言う。

「普通が一番。普通に生きていくことが一番幸せなのよ。」


私は小さい頃、この言葉がずっと理解できなかった。

だけど今は分かる!

私と母は違うんだ。

私にとって、普通が一番辛いのである。

マレーシアでの人生が変わる決断

フィリピン留学中に一緒だった台湾人が全員、

ワーキングホリデーを終えてからフィリピン留学をしていた。

フィリピン人の先生は私に問いかけた。

先生「Bellはワーホリ行かないの?」

べる「大学があるから行けないよ。」

マレーシアのホテルで、ふとその言葉を思い出した。

そして何か強い衝撃を受けた。

大学があるから行けない?

なにそれ。

ただの行きたくない言い訳じゃん。

ワーホリが未知すぎて怖いから行きたくないだけじゃん。

今はもう怖くない。

オーストラリアにワーキングホリデーに行こう。

そこに私が悩んでいる答えがあるかもしれない。

何に悩んでいるのかもよく分からないけど、何かが変わる気がする。

海外で色々な人と出会って話をするだけで貴重な体験になる。

日本じゃ絶対に出会えない人たちと出会えるかもしれない。

オーストラリアは移民国家だから多国籍の友達ができる。

英語も上達するだろうし、色々な文化を見ることができる。

最高じゃないか!!

よし、休学しよう!!!

帰国後、私は即行休学届を出しに行った。

まとめ:社会人になったべる

2015年のブログはここまで。

今のべるは社会人になりました。

当時の私の決断は本当に素晴らしかったと思う。

ワーキングホリデーは楽しくなかったけどwwwwwwwww

行ったおかげで、自分の無力さを知ることができた。

そしてプログラミングを勉強し始めて、プログラマーになれた。

今の私がいる。

逆に、このワーキングホリデーに行かなかった場合のべるの将来を想像できない。

絶望と絶望と絶望に溺れ死んでるんじゃないのかな。笑

いや、違うなぁ、

社会人になって、絶望して、お金貯めて、会社辞めてまた留学してるだろうなwww

今の私は海外なんて行きたくないけど。

ちなみに、ブログの中にでてきたこれ。


だけど、私は貧困に悩む子供たちに募金もしないし、

またフィリピンへボランティアに行こうとも思わない。

そんな子供達を救うための仕事をしようとも思わない。

稼いだお金は募金せず、綺麗な洋服を買って、残りは旅資金への貯金になる。

なんて冷血な人間なんだろう。

現在、毎月フィリピンに3000円の募金をしてるよ。

そして、もう3000円、国境なき医師団にも募金してるよ。

支出っていうのは、収入が上がるのに比例して増えていくからね。

だったら、最初から収入を下げて(募金して)、その中でやりくりしたい。

今は募金しかできないけど、

将来的にはフィリピンに仕事の需要を生み出すビジネスをしたいと思ってるよ。

そんな子供達を救うための仕事をしようとも思わない。

直接フィリピンに行って、ボランティア活動とか、

貧困や子どもたちを救う仕事をするってことはするつもりはない。

だって、自分ができる範囲はすごく狭いからね

もっと、自分に力をつけて、何かできないかなってずっと考えてて。

自分が動くのではなく、自分がリーダーになって、人を動かして、何かやりたいんだよね。

そのため今は、プログラミングと、ブログを修行中だよっ^^

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